最新TV連動型ネット広告事情

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2015年10月27日 

はじめに

新しいテレビを買ってきて電源を入れてすぐに見ようと思ったら、なんだか色々とややこしい設定が必要となって面食らったという方は、一定数いるのではないかと思う(B-CASカードってなんだっけ?といったような)。最近のテレビには取扱説明書がなくなった製品もあり、各機能の説明は画面のUIに表示されるようになっている。録画や編集機能も内蔵されているのはとても便利だけれど、HDDの起動時間がかかったり、なんだかPCみたい……という印象を受ける方も多いだろう。

端的に、昨今のテレビは空中を飛んでいる電波の受信機ではなくなり、ネットワークを介して受信したデータをOS上のソフトウェアが処理するデジタルデバイスとなったと言える。これがインターネットの拡張なのか、テレビの拡張なのかという問いは、本稿では取り扱わない。インターネット広告を扱う代理店らしく、技術的な変化に伴って新たに生まれてきたテレビ連動型のネット広告について述べていく。

近年、テレビの広告には、大きく分けて2つの広告配信の形式が加わった。放送しているコンテンツを起点に広告配信を行うものと、テレビから収集したデータを利用した広告配信の2つである。これらを実現している技術は、必ずしも広告配信のみに用いられるものではなく、また実態としては組み合わせで動いているものであるが、分かりやすくなるようあえて分けている。以下で、それぞれの詳細について具体例を交えながら述べていく。

放送しているコンテンツを起点としたネット連動広告

従来のテレビは、番組ごとに視聴者の属性を分析して、その分析結果に即した広告を流していた。はじめに紹介する、放送しているコンテンツと連動した「TV Sync(ティービーシンク)」と呼ばれる広告は、基本的には従来のテレビ広告と大きな違いはない。テレビで流れる場面に合わせ、DSPを経由してSNSやモバイル、パソコンなどに対してネット広告を配信するというものだ。

この広告技術が登場してきた背景には、テレビを観ながらスマートフォンやタブレットなどのデバイス(セカンドスクリーンと呼ばれる)を利用する「ながら視聴」が一般的になってきていることがある。メール、SNS、チャット、調べものなど様々なアクションが想定されるが、ユーザーのアテンションの奪い合いが発生している状況で、テレビだけにコミュニケーションを閉じていてはインプレッションを逃してしまう。その損失する可能性のあるインプレッションを、セカンドスクリーンなど複数のスクリーンで補完する役割を担っているのがTV Syncである。これを実現するための技術的な基盤となるものが、ウォーターマーキングとデジタルフィンガープリンティングと呼ばれる2つの技術である。

ウォーターマーキングについては、Webサイトの制作素材として画像等を購入したことがある方であればお分かりになるのではないか。写真の持ち主を明記している「透かし」のことである。テレビの場合は静止画ではなく動画で暗号化を施した文字情報などを埋め込んでいるため、以下は写真の例である。

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図1
図1:写真の透かしの例
(出典:‘Getty Images:Shark’, Ads of the World)

デジタルフィンガープリンティングは直訳すれば電子指紋である。指紋が一人ひとり異なるように、ある動画や特定の場面がユニークなものであることを示すためのもので、上記のウォーターマーキングを行う際に埋め込まれる暗号化を施した文字情報である。これらの技術はYouTube などでも用いられており、公式にアップロードされている動画だけでなくコピーも含めてアップロードされている状況において、どの映像が公式のものかを証明するために不可視で用いられている。

施策の例として、一回性のイベントに合わせたリアルタイムのキャンペーンは誰もが思いつくだろう。サッカーの国際試合や箱根駅伝などの注目度の高いイベントで、ゴールシーンに合わせた広告の配信などはよく用いられる手法である。あるいは、こうしたベンダーが多くいる米国らしい使い方として、競合の広告が流れた瞬間に自社の広告をネット配信するような施策も可能である。

上記の、ウォーターマーキングやデジタルフィンガープリンティングなどの技術は、サッカーでゴールが決まった場面で広告を配信したりクーポンを発行したりするようなキャンペーンを行う際に、ゴールのリプレイや試合後のニュースなどでも放送されてしまうとキャンペーンの意図に合わない配信を行いかねないため、そういった誤配信を防ぐ役割も担っている。

テレビから収集できるデータを利用した広告(TV・ネット)配信

TV Syncに対して、インターネットの広告エコシステムに近いものをテレビというメディアを通して実現させようとしているのがスマートテレビである。地上波デジタルへの移行が行われて以来、スマートテレビというと双方向的なコンテンツを楽しめたりするものというぼんやりとした認識は広がっているが、本稿冒頭で述べた通り、モノとしてのテレビはOSを持ちその上でソフトウェアが走る、リモコンで操作するデジタルデバイスとなっているのが現状だ。

2015年7月下旬、そのスマートテレビを販売する米Vizio(ビジオ)社がクラスA普通株(米国において一般投資家が売買できる株)の初公募により最大1億7,250万ドルを調達したい旨、合衆国政府当局へ趣意書を提出した。Vizio社については、船井電気が米国で持つ液晶デジタルテレビ関連の特許の侵害を受けたとして、米国企業を提訴していた件をご存じの方は名前を聞いたことがあるかも知れない。Vizio社はこのとき提訴された11社のうちの1社であり、日本への禁輸措置を取られていたことから、日本での一般的な知名度は高いとは言えない。事業としては様々な紆余曲折があったものと推測されるが、今回米国内での上場申請にまでこぎつけた。

工場を持たないファブレス(fabless:メーカーでありながら自前で製造工程や設備を有しない)企業であるVisio社のIPO(Initial Public Offering:新規株式上場)は、日本のエレクトロニクスメーカーにとっては更なる競争の激化を意味している。ただし、Vizio社の趣意書が注目を浴びた理由は、そのメーカーとしての「ものづくり」的な強さではく、ACR (Automatic Content Recognition:自動コンテンツ認識システム)という技術を核に据えたVizio社のプラットフォームであった(図2)。ACRとは、TVの視聴者がどのような番組を見ているのかを自動的に把握するための技術であり、Vizio社は1日当たり1,000億件もの匿名化された視聴データを、800万台以上の同社の技術を利用した端末から収集している。

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図2
図2:Vizio社プラットフォームの情報収集・活用の流れ
(出典:‘FORM S-1 REGISTRATION STATEMENT UNDER THE SECURITIES ACT OF 1933,
VISIO, Inc.’, US Securities and Exchange Commission
)

図2に記述されている処理を、Visio社のエコシステムの視点から捉えたのが図3である。収集されたデータは、ユーザー向けとしてコンテンツのマッチング等のために活用される。同時に、コンテンツプロバイダーや広告主が参照できるようになっており、外部のアドネットワークや各種のアドテクノロジーと接続されている(このオーディエンスデータと外部のテクノロジーの活用方法については、既に多数のコラムで触れられているのでそちらに譲る)。より細かなターゲティングやパーソナライゼーションが可能とされるアドバンスドTV広告やアドレッサブルTV広告などは、この範疇に入ると言える。

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図3
図3:Vizio社のプラットフォームを中心としたエコシステムの概要
(出典:‘FORM S-1 REGISTRATION STATEMENT UNDER THE SECURITIES ACT OF 1933,
VISIO, Inc.’, US Securities and Exchange Commission
)

余談だが、上記の引用した図のなかでは、従来の「テレビ」にあたるものは「Connected Entertainment Products(インターネットに接続されたエンターテインメント製品)」と表記されている。Vizio社が自社の製品をどのように定義しているのかを窺い知ることができる。

結論

以上述べてきたように、テレビというメディアを利用して、コンテンツに即した広告配信をリアルタイムで行うことや、過去の視聴履歴やその他の情報を統合して個々の視聴者に最適化された広告配信ができるようになってきている。これらはとても興味深いものだが、テレビで流れるコンテンツやマーケティングチャネルとしての存在意義が、この新しい広告手法の影響を受けてどのように変わっていくのかという点にも注目する必要がある。

ACRのような技術は、あまり公にはされないがVizio社以外のメーカーでも利用しているものであり、データの利活用に関する技術は、ある程度までは成熟していると考えてよい状況である。法律、規範、市場の条件が整えば、同様の技術を用いた製品は普及していくものと思われるが、いち生活者の立場に身を置いて考えてみると、自分の情報がどこまで取得されていて、どのように利用されているのか(され得るのか)知りたいと思うのが素朴な反応ではないか。

現在のネット広告の提供者・開発者は、様々なデータを取得し活用することでターゲティングの精度が上がり、パーソナライズの度合いが高まることは善いことであるという前提で動いている。一方で、広告の受け手となるユーザーの持つ感覚はその限りではないこともあり、テレビのような以前からあるメディアに関しては、ことさらユーザーの期待とのギャップが生まれる可能性があることを踏まえてサービスの開発や運用を行っていくことが重要となるだろう。

執筆:株式会社アイレップ アドテクノロジービジネスグループ 河上晃一郎

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