今更聞けない広告ビジネスのグロスとネット ~媒体取引の歴史と仕組み~

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2016年03月29日 

グロス・ネットという言葉は、広告ビジネスにおいて媒体(メディア)を取扱う場合によく使われる言葉です。しかし、日常的に媒体取引の仕事に携わっている方の中でも「グロスとネット」「グロス建ての媒体料金とネット建ての媒体料金」をきちんと理解ができていないと思われるケースも時折見かけます。このコラムが広告ビジネスを改めて理解をする一助になれば幸いです。

基本的な定義

まずは、媒体取引におけるそれぞれの言葉の意味をシンプルに説明すると以下のようになります。

  • グロス料金 媒体社が設定する媒体料金。広告会社の取扱い手数料(マージン)が含まれている。
  • ネット料金 グロス料金から広告会社の取扱い手数料(マージン)を差し引いた金額。
  • グロス建て料金 媒体社が設定する媒体料金表において、広告会社の手数料が含まれる料金体系。
  • ネット建て料金 媒体社が設定する媒体料金表において、広告会社の手数料が含まれていない料金体系。

一見簡単ですが、その意味を正しく理解をしておかないと意味を取り違えて料金を伝えてしまい、取引においてトラブルになったりすることがあり注意が必要です。

一般的な企業においては、商取引での請求額や利益、支払額を考える際には、売上、粗利、原価、あるいは販売管理費を見ていくことになります。しかし、メディアビジネスでは企業間取引における請求額、支払額を考える場合、売上や原価ではなく手数料(マージン)を考慮に入れたグロスとネットという概念を用いることが慣例となっています。

では、なぜ広告会社におけるメディア取引で売上や原価という発想ではなく、グロス価格、ネット価格という概念ができ上がったのでしょうか。

グロス・ネットの歴史的背景

それには、広告業界の歴史が大きく関係しています。

日本における本格的な広告ビジネスは、明治時代に新聞広告から始まったといわれています。新聞の歴史についてはここでは触れませんが、明治維新以降、国内外が大きく動き始めた時代に大衆が様々な情報や報道を求め、国内における印刷技術の発達とも相まって数多くの新聞が創刊され情報流通の一役を担いました。

一方、新聞が発展していくにつれて、公告(政府や公共機関からの告知)や企業からの商品情報など、報道記事以外の様々な情報を広く伝えようとする動きも同時に起こり始めました。明治16年、福沢諭吉は自身が創刊した新聞「時事新報」に「商人に告るの文」という社説を書いています。当時のビジネスマン向けに掲載されたこの記事の中で福沢諭吉は、「商売を成功させるためには多くの人に知られることが大切で、人通りの多い所に店を開き、看板を掲げ、店を飾り、品物を人目につくように並べ、積極的に広告もしなくてはならない」と説いています。この頃から商売繁盛を目指して広告活動が盛んに行われるようになったといえます。

当時から新聞は「社会の公器」として機能しており、その記事の内容には信頼が寄せられていたといわれています。その為、世間における情報リソースや量が限定される中、新聞に掲載されている広告についても読者にとっては最新の情報であり新聞と同様の信頼が寄せられていたと考えられています。つまり「新聞に広告が出ているのだから、信頼できる企業だろう。良い商品なのだろう」という、新聞の信頼イコール新聞広告(広告主)への信頼があったといえます。

経済の発展とともに、広告の出稿を希望する広告主は次第に多くなっていきます。当初は、新聞の販売店が広告主との仲介をする取次役の中心でしたが、次第に広告主を新聞社に取り次ぐ「広告取次」専門のビジネスが生まれました。

この広告取次業が広告主に対して提供したサービスは「広告文章の作成」「広告主の手間の逓減」「多くの人への告知を通じて広告主ビジネスの発展に寄与」することとしており、更に広告主からは原稿の制作費を始めとする付加的な費用は一切取らないというのが当初のセールストークでした(「全国各新聞広告取扱所」広告より抜粋、明治20年11月創刊号、博聞雑誌)。つまり、手数料は広告主から受け取るのではなく、新聞社から受け取るというのが広告取次業黎明期におけるビジネスモデルだったのです。

新聞社としては自らの営業業務を始め、広告主から広告費を回収する業務までを取次業者に委託することができます。その一方、広告取次業者にとっては、自ら印刷発刊を手掛ける必要も在庫を抱えることもなく、販売したら販売した分だけ「新聞社から手数料を受け取ることができる」ビジネスモデルは参入ハードルが低く、数多くの取次業者が生まれ、そこから広告業界が大きくなり始めました。

このように新聞メディアから広告ビジネスがスタートし、それ以降様々なメディアが誕生しました。それに伴い広告が掲載されるメディアも雑誌、ラジオ、テレビ、折り込み広告、交通広告等からインターネットへと発展してきたのですが、広告の取引方法については現在も新聞のビジネスモデルを他のメディアも踏襲しています。

このような広告業界の成り立ちもあり、日本における広告ビジネスは媒体社との結びつきが非常に強いのだといえます。

手数料を媒体社が支払う広告取次の仕組みは、明治時代に既にでき上がっていたのですが、実際に「手数料率(マージン率)」という一定の率を用いて手数料を算出するようになるのは戦後のことです。戦前は媒体社が広告取次に手数料を支払うという仕組み自体は現在と同様であるものの、広告掲載料金、手数料の額、サービス内容については不透明な一面がありました。広告主、広告出稿量、媒体との親疎などによって広告料金も手数料も異なるという、ブラックボックス的なものであったといわれています。

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戦後になると広告掲載料金についてもオープン化され、手数料は一定の料率が導入されます。ここで、媒体社が広告主に提示している広告掲載料金に記載されている金額がグロス料金であり、媒体社が広告取次業者(以下広告会社)に支払う手数料の料率がマージンです。

実際の取引フローでは、新聞社と広告会社との間の取り決めで、広告主が支払った金額から広告会社の手数料を差し引いた金額のみを新聞社に支払いますが(支払の相殺)、この広告会社の手数料を差し引いた金額がネット料金の事です。

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